国産旧車のパーツ問題、、、、

私が昔乗っていた クレスタの車検

今はオーナが変わり 再び入庫。

JZX90に 2JZエンジンを搭載して 0725Gタービンの公認車両。

今回車検で 割れていたフロントガラスを交換しようとガラス屋さんに連絡すると

メーカー廃盤   OEMも無し。

リヤドアの集中ドアロックのアクチュエーターが壊れているので在庫確認すると

こちらもメーカー製造中止。

エアコンのコントロールユニットも当然 メーカー製造中止。

ポルシェだと古い車両でも当然支給されるパーツが国産旧車だと出ない。

びっくりですね。

国産旧車を維持するにはそれなりの覚悟が今後必要なのだと思います。

JZX90 や100って 今でも人気車両なので当然出ると思っていたパーツがほぼ全滅ですね。

そう考えるとやっぱり ポルシェは凄いです。

ナローのサンバイザーのタッピングネジがまだ購入可能ですから、、、

ポルシェ911の 生存率が高いのはメーカーがきちんとパーツを供給し続けているからだと思いますね。

車検用に少しマフラーを改造。

こちらは、キャラバンNV350の LSD取り付け

ハイエースの新車が受注中止が長く続いているので最近はキャラバンのほうが多いですね。


今回は、愛知県からです。

遠いところありがとうございます。

W124 メルセデスベンツ ターボ プロジェクト 2

W124メルセデスベンツ のターボプロジェクト

エンジン降ろしから

このエンジンは使いません。

こちらのターボ用エンジンに交換です。

作成してからすでに20年以上経過したエンジンですが

全オーナーがほとんど乗っていなかったので走行距離は500km程度でしょうか?

もともとは、MOTEC M4制御で ノーマルのインマニで走っていました。

懐かしいですね。

ノーマルのFW信号は、3山の信号しか出ないので

今回は、このプーリーを使い ます。

クランク信号が36山

ちょうど良いですね。

ただ、、さすがに海外パーツ。

そのままでは装着できません。

プーリー加工。

やっと装着可能になりました。

これでカム信号が入ればダイレクトコイル  シーケンシャル噴射が可能です。

イグニッションコイルは、流行りのアウディコイル。

インマニを外していろいろ装着。

インジェクターは、DWの800㏄   

これに長さ合わせのガイドを装着する予定でしたがスタンダードサイズでそのまま装着できました。

海外パーツの寸法記載は、相変わらずいい加減で困りますね。

レギュレターは これも流行りの radium

この製品の作りは素晴らしいですね。

久々に良いものを見た感じがします。

細かいところに手が行き届いています。

流石の作りですね。

日本メーカーも真似をしてほしい作りですね。

ノーマルのオイルエレメントブロックがなくなるのでそれに合わせていろいろ準備です。

そして、、、MTが来ました。

案外でかいです。

本当に乗るのか心配になってきました。

今日は、、ここまで。

w124 メルセデスベンツ  ターボ プロジェクト1

かなり以前から依頼されていたメルセデスベンツのW124 のターボ化

やっと着手となります。

W124 メルセデスベンツ  もう説明しなくてもいいぐらいの90年代を代表するベンツの名車。

1番有名なのは、ポルシェが生産に加わった500E 。

今や すごい価格となっています。

私もW124のワゴン 300TEと E320 に昔乗っていました。

良い車でしたね。

今回は、エンジンをターボ化して  MTは、今海外でも流行りのBMWの8速オートマの

組み合わせ。

エンジンは、LINKフルコンで制御 メーターはハルテック

当然電子スロットル制御  

TurboLamikの ATコンピューターとLINKをCAN接続して制御するというもの。

なかなか壮大なプロジェクトです。

まずは、現状のエンジン MTの脱着から

この頃のW124のATは、4速オートマ

でもこの車は最終後期の5速ATです。

純正マフラー脱着。

コンパニオンフランジは、 

損傷ありですが ATが変わるので使いません。

AT脱着、、、

当初はこのATをそのまま使う予定でしたが

エンジンが電子スロットルになることで機械制御のこのATは使えなくなります。

だから8㏋の ATを使います。

このATは海外ではドリフト競技でも使用されている優れもの。

また、完全電子制御でシーケンシャルシフトやパドルシフトにも対応します。

続いてエンジンの脱着です。

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お盆なので少し昔話を、、、、、、

今から 17年前 勤めていた会社がなくなり どうしようかと考えていたころ

二つの選択がありました。

一つは 有名レース屋さんからオファーがありそこに行くこと。

もう一つは自分で独立して仕事を始めること。

散々悩みました。

レース屋さんは、すごく魅力的ですが、すべての作業が分業制。

エンジンはエンジン屋  足回りは足回り屋   電気関係は、電気屋、、、

いわゆる医療の世界と同じで  外科 内科  小児科  整形外科   皮膚科などなど

専門職の塊です。

私は、それがいまいち嫌だった、、、、

車が好きなら わがままだけどすべてを自分で把握したい。

一つ一つは専門職にはかなわなくてもトータルで車を作れる仕事がいい。

だから独立してチューニング屋の世界に入りました。

あれからもう17年、、、、、、

いろいろありましたが何とか続いています。

この名言と共に、、、、

「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」

本田宗一郎

そしてこの世界で正解だったと今は思えます。